火星・3
およそ100年前、イタリアのジオバン二・スキアパレリという科学者が、望遠鏡で火星を観察していました。スキアパレリは、火星の表面に黒っぽい、まっすぐな何本かの線が走っているのに気づきました。スキアパレリはこの線のことを「水路」と呼びました。
世界中の人々は、この話を聞いて驚きました。イタリア語の水路という言葉は、英語やフランス語では、人間が掘って作った運河の意味だったのです。人々は、火星の運河も、高い文明をもった火星人が作ったものに違いない、と考えました。天文学社の中には、まっすぐで長い運河が、複雑に交差する様子を描いた地図を作った人もいたほどです。
人々は、さまざまな火星人の姿を想像するようになりました。1898年にはH・G・ウェルズという作家が、「宇宙戦争」という小説を書きました。この小説は、タコのような姿で、虫のように大きな目をした火星人が、地球人を殺しにやってくるという話です。それ以来、いろいろな姿の火星人が、小説や映画やテレビに登場しています。
つい最近まで、本当に火星に生物がいるのかどうかは、誰もわかりませんでした。地球から望遠鏡で確認することはできなかったのです。
しかし、1970年代になると、4機の宇宙船マリナーと、2機の宇宙船バイキングが、火星に向けて打ち上げられました。これらの宇宙船の調査の結果からは、火星には運河も、まちも、知性をもった火星人も、それどころか、どんな生物も見つかりませんでした。